世界初の全身麻酔は日本人が行った!? | 薬にまつわる歴史

薬にまつわる素朴なギモン

世界初の全身麻酔は日本人が行った!?

世界の医療行為の跡を見てみると古くから外科手術が行われていた可能性は指摘されています。

しかし、麻酔なしの外科手術に相当な痛みを伴うもの。そんな麻酔薬を記録上世界で初めて使って外科手術を行ったのが江戸時代の医者、華岡青洲です。


華岡青洲とは?

華岡青洲は1760年に現在の和歌山県に生まれました。家は村医者で22歳の頃に京都で吉益南涯から古医方という漢方医術を3ヵ月学ぶとその後はオランダ商館の医者であるカスパルから広まったカスパル流外科を大和見水から1年学びます。その後は大和見水の師である伊良子道牛から東洋医学とオランダ流外科学を合わせた伊良子流外科を学びます。

その後も京都に滞在し医術書や医療器具を買い集めると帰郷し医者として開業しました。その後、当時の外科手術は麻酔無しだったためかなり悲惨なものでした。そこで手術の痛みを和らげて人の命を救いたいと考えるようになると麻酔薬の開発を行い、完成させます。1804年には記録上、世界初の全身麻酔をした乳癌手術を行ったそうです。その後は多くの弟子を育てて1835年に亡くなりました。


想像を絶する麻酔開発

彼の麻酔薬開発は相当な困難が付きまとったようです。彼はさまざまな薬草を研究していくうちにチョウセンアサガオやトリカブトなどの薬草6種に麻酔効果があることを発見します。特に毒草であるトリカブトは分量を間違えれば死に至る為、調合を繰り返しては犬などの動物で実験を重ねるになりました。中には死んでしまった犬もいたそうで、一時期村には犬がいなくなったそうです。そして開発開始から10年、麻酔薬の完成にこぎつけました。

しかし、ここで一つ問題が出ます。人体実験を行う人がいなかったのです。そんな時に彼の母親と妻が人体実験を名乗り出たのです。最初は失敗を恐れて断るも母親と妻の説得に青洲も決断しました。最初の実験では母親が半日間眠り続け、妻への実験は何と3日間も眠り続けました。こうして改良を続けていくうちに母親が死去。麻酔薬の服用のしすぎが原因ではないか、と言われています。続いて妻は麻酔の副作用により失明してしまいます。さらに青洲は自分の体も使って実験を続けたのです。そんな困難を乗り越えて苦節20年、麻酔薬「通仙散」は完成しました。


古代からあった?麻酔手術

実は麻酔手術は古代から行われてきた可能性があります。この頃はアヘンや大麻などの麻薬を利用していたそうです。インカ帝国では頭の切開手術痕跡がある骨が見つかっており、これもチョウセンアサガオを利用したもののようです。有名な所では三国志に登場する医者、華佗が「麻沸散」と呼ばれる薬を使って外科手術を行っていたという記録があります。

しかし、曹操の頭の病気を治そうとやってきた際に頭の切開手術を行うと聞いてこれに驚いた曹操から殺されたそうです。華佗が作った薬も全身麻酔薬と思われるがどのようなものかははっきりしていません。ちなみに青洲が22歳の時、京都でこの話を聞いていたことが麻酔薬開発のきっかけだったようです。

薬の開発には困難が付きまとうものです。麻酔薬開発には華岡青洲の母と妻の協力なくしては開発できなかったものなのです。